「作家・元納棺師 青木新門」
4月24日付け中日新聞夕刊「あの人に迫る」に、青木新門さんのインタビューが掲載されています。映画「おくりびと」が米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。その原案となった『納棺夫日記』を著したのが青木さんで、「生と死が交差する納棺を通して伝えたかったメッセージとは何だったのか」として、記事の内容は始まります。
大学を中退し、「作家」として原稿を書いたりしていたが、子供が生まれたことから収入を増やすことが必要となり、アルバイトのつもりで富山で初めての冠婚葬祭会社に応募したのが納棺という仕事に就くきっかけ。富山では納棺は親族が行うのが普通で、きれいにやる家とそうでない家との違いに気づくことから、「こうやったらどうですか」と口出しをするようになったことから、納棺の依頼がくるようになった。
納棺を始めた頃は、死を扱う仕事であることから蔑まれていて、分家の叔父からは「親せきが町を歩けない。恥ずかしい」とののしられたこともあり、誰とも会わないで「人は死んだらどうなるののだろうか」と真剣に考えるようになった。その後、叔父が危篤との知らせを受け、亡くなる直前に会いに行ったところ「ありがとう」といわれたことから、考え方が変わった。
そしてそれからすぐ、一人暮らしの老人の遺体に出合い、「蛆が内臓を全部食べてうごめいて、肋骨が見え」るなか、「捕まるまいとして逃げる蛆の一匹一匹が光って鮮明に」見える体験する。そんな体験を「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」と日記に書いたこと。そして、その後の映画化のきっかけへと、内容は続いていきます。
記事の終わりには、「私が現場で見てきた死者はみんな柔和な顔をしていた。生と死が一つとなり、生者が百パーセント死を受け入れたとき、あらゆるものが差別なく輝いて見える一瞬がある」と青木さんは述べています。先日、私の父親が他界したことから、納棺の現場に立会う機会もありましたが、葬儀が「後の世を渡す橋」であるという青木さんの言葉には、共感できるものがありました。
また、「生まれてから死ぬまでの世界しか信じていないから、それにしがみつこうとする」ということで、現代社会の「閉塞感」に対する青木さんの問題提起も行われています。父親の葬儀が行われた翌日の記事だっただけに、青木さんのインタービューを読んで、「生と死」の意味について、改めて考えさせられました。
ちなみに、『納棺夫日記』は知り合いに薦められ、10年前くらいに読んだことがありました。書棚の奥にしまってありますが、簡単に取り出すことが出来ないことから、再度購入して、読み直してみたいと思います。
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