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『ケータイ小説的。』

速水健朗(2008)『ケータイ小説的。』原書房、1500円+税。
仕事場へは車通勤をしていますが、帰宅途中に立ち寄る書店で、最近ケータイ小説のコーナーが目につくようになりました。とはいえ、まだ一冊も読んだことはありません。そんな時手にしたのが、本書となります。

ケータイ小説が若者たちに流行るのはそれなりの理由があるとのことで、ケータイ小説が生み出される理由とそれを準備した文化的背景、ケータイ小説が生まれた地政学的分析、そして若者たちのケータイ利用がもたらした人間関係の変容を恋愛との関係で分析した4つの章から、本書は構成されています。

第1章「『情景』のない世界」、第2章「ケータイ小説におけるリアルとは何か?」、第3章「『東京』のない世界 ---ヤンキーの現在形」、第4章「ケータイが恋愛を変えた」が、その4つの章になりますが、第1章では浜崎あゆみさんの曲の歌詞を分析することで、ケータイ小説への考察へと進んでいきます。

著者の速水さんによれば、ケータイ小説は「浜崎あゆみという参照項が前提として存在し、その歌詞の物語を読み手と書き手が共有することで初めて共感を生む装置」であり、この「構造を抜きにしてケータイ小説をテクストとして読み解こうとすれば、多くの矛盾や意味の分からない部分が出てこざるを得ない」とのこと。

その後、携帯電話という新たなメディアの登場と浜崎あゆみさんがブレイクした時期についての考察とともに、ケータイ小説と浜崎さんの歌詞共通点として指摘されている「回想的モノローグ」「固有名詞の欠如」「情景描写の欠如」に関する分析に入っていきますが、私自身、今まで浜崎さんの歌やその歌詞をあまり意識したことがなかったこともあり、興味深く読むことができました。

4章では、障壁なしに恋愛はストーリをなさないということで、ケータイ小説における恋愛ストーリーを成立させている障壁への分析がさなれています。その中で、「彼らの間に立ちふさがるものは、彼ら自身が生み出しているコミュニケーションという逃れられない檻である」という速水さんの指摘に出会ったのが、本書を読んだ一番の収穫かも知れません。

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