日記・コラム・つぶやき

TOKYO メディフェス2009(第7回市民メディア全国交流集会)

090922 9月20(日)から22日(火)まで開催の「TOKYO メディフェス2009(第7回市民メディア全国交流集会) 「衣」「食」「住」+「メディア」~いまを生きるために必要なもの~」に参加してきました。「市民メディア全国交流集会」は今回で7回目の開催になりますが、学生から年代を重ねた人たちまで多数の参加があり、大変盛り上がった「交流集会」となりました。私は第1回、第4回、第6回に参加し、今回の参加で4回目となります。

今回の「交流集会」では、「『メディア』という『触媒』を用いながら、途切れ途切れになっている人々のつながりを埋め、世界人権宣言19条でうたわれている『コミュニケーションの権利』を改めて問い直」すのがテーマとなっていましたが、オープニングとして行われた基調講演「公共放送の扉を開いた先駆者が語る『独立系メディアの可能性』」を皮切りに、テーマに沿った分科会が多数行われていました。「交流集会」初日の17時からは、参加者による交流パーティが行われましたが、一年ぶりに再会した人や新たに知り合いになった人もいて、個人的な「交流」も行えたのがパーティに参加した成果の一つとなりました。

私が参加したいくつかの分科会では、パネリストの人たちから多くのことを学ぶことができましたが、「独立系メディア」に関する分科会のなかで話された「連帯なくして公共性なし」という林香里さんの報告は、印象に残りました。公共性という抽象的概念の脱構築という話の流れで、「連帯がなければ自由や平等はない」として、「公共性具体化の一歩としての連帯」の必要性を指摘していました。報告のなかではドイツと比較するなかで、日本の「公共性」に対する疑問とともに、連帯という言葉を用いる林さんの問題意識を語っていましたが、私自身気づかなかった視点だけに、とても参考になりました。

他の分科会の議論でも参考になるものが多く、私にとっては、シルバーウィークで家族のためにすべき用事(?)をいくつかキャンセルして出かけただけの甲斐があった「交流集会」となりました。また、「交流集会」の裏方として多くのスタッフの人たちが走り回っていましたが、私を含む参加者の人たちが気持よく報告を聞くことができたのは、スタッフの皆さんのおかげということで、苦労様とお礼を言いたいと思います。

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「水と風と流木」伊勢湾台風 写真展

0909151 南区役所に行く用事がありましたが、玄関ホールと2階講堂で標記「写真展」がありましたので見てきました。

「写真展」は、14日(月)から25(金)までの期間ということで、私が2階講堂に入った時間帯は、数人の見学者と取材らしき人たちも来ていました。

郷土史研究家の小川金雄さんによる「写真展」ということで、伊勢湾台風に関する小川さんの著書(自費出版)も展示されていました。

写真は、現在私が住んでいる地域のものも多く、ついつい写真に顔を近づけて見入ってしまいました。また、当時役所等に張り出された掲示等の写真もありましたが、混乱の大きさが伝わる内容のものが数枚展示されていて、私にとっては、その掲示内容が大変印象に残りました。

0909152 伊勢湾台風当時は名古屋市外に住んでいて、私は被災を免れましたが、近くの中学校に多くの被災者の人たちが避難してきたことは、今でも昨日のように憶えています。父親の知り合いが何人か避難してきたということで、家族でお見舞いに行った記憶があるからです。

この時期、中日新聞では伊勢湾台風関連の記事がいくつか連載されていて、毎日必ず目を通していますが、当時の記憶を写真としてだけでなく、文字として残しておくことの必要性も感じさせる内容になっています。

伊勢湾台風以降、現在私が住んでいる地域の堤防や道路では、防災関係の整備が進んでいることから、若い人たちと話していても、最近では防災に対する意識が薄れてきているような気もします。

とはいえ、このところ100年に一度といわれる災害が日本各地で見られるようになってきています。これを機会に防災という視点から、我が家の回りも見直してみたいと思いました。

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「住基ネット市民アンケート調査結果」

9月2日付け中日新聞朝刊によれば、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に対する市民を対象にしたアンケート調査結果が、名古屋市から公表されました。これは住基ネットの効果を評価するとともに、アンケート調査結果を参考することで「切断」も視野に入れるとの河村市長の判断から行われたアンケート調査の結果公表になります。

記事によれば、調査は無作為抽出した2000人に調査票を送付し、992人から回答を得たとのこと。その内容は、住基ネットへの賛否は「どちらかといえば」も合わせた賛成は34.7%。同じく反対は17.6%。「どちらともいえない」「わからない」は合わせて46.2%。また、住基カードの保有は8.1%で、役立っていると回答したのは14.2%。「どちらかといえば」も合わせた「役立っていない」という回答は53.3%となっています。また、記事には設問内容が「賛成への誘導尋問だ」という市民団体からの指摘があったことも書かれていました。

以上の結果からだと思いますが、記事の見出しには「住基ネット賛成34% 市民アンケート反対を大きく上回る」と書かれてしました。とはいえ、記事の最後には、名古屋市の住基カードの交付が人口225万人のうち6万人で年間維持費が1億三千万円であることも書かれていました。225万人のうち6万人の住基カード保有ということは2.7%ということになりますが、アンケート結果の保有8.1%とは約3倍の違いになっています。これだけで判断することはできませんが、アンケートの回答に偏りがあることは、この数値からも理解できる内容になっています。

私自身、質問項目全体を見た訳ではありませんので、アンケートが「賛成への誘導尋問」かどうかを、この記事からだけで判断することはできませんが、回答者の住基カード保有者が約3倍多いということは、住基ネットの利便性に対してより関心のある人たちが回答したことが分かります。その意味で、市民全体のなかで賛成が「反対を大きく上回った」かどうかということは、今回のアンケート結果では判断できないことが確認できる内容の記事になっていると思いました。

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商店街の七夕祭り

090816 昨日(16日)、商店街の七夕祭りを見てきました。

マーチングバンドのパレードから祭りは始まりましたが、18時からの「ミニどまつりステージ」は、愛知県内で活動する8組のチームによる、若さと力あふれる「ステージ」になっていました。

チームによる演技は約2時間でしたが、どの演技も演じる人たちのエネルギーと迫力が伝わる内容で、ついつい時間を忘れ、見入ってしまいました。

「ミニどまつりステージ」は、商店街の七夕祭りとしては今回初めての出し物だったようですが、私自身、8組の演技を目の前で見るのは初めてだったせいもあり、「ステージ」を含め、七夕祭り全体を楽しむことができました。

「ステージ」では日が落ちたあたりから照明が点けられるようになりましたが、観客の人たちが見やすいよう照明を調整しているスタッフの人たちもいて、気持ち良く演技を見続けることができました。

また、別会場で行われていた和太鼓演奏は、「ミニどまつりステージ」と時間帯が重なっていたため、今回、見ることができませんでした。次回は、是非とも時間をずらしてほしいと思いました。

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地デジアンテナ工事

今日、地デジアンテナの工事を行いました。以前、近所にある大型量販店に工事を頼んだとき、電波の調査を行った後、「ここでは工事を行っても映るかどうか保障できない」といわれたことから、地デジアンテナの工事を取りやめた経緯がありました。

「映るかどうか保障できない」というのは、我が家がビルの谷間にあるため、瀬戸にある電波塔の方向がほぼ塞がっていて、電波が届きにくい状況にあるのが原因となります。

とはいえ昨年末、近所にある数件がアンテナ工事を行い、地デジの番組がしっかり映っているという情報が入ってくるようになりました。そしてその家を見に行くと、大型量販店の工事関係者が薦めたのとは別のアンテナがついていました。

090808 その後、近所の家の工事をした業者の人と話をする機会があったことからアンテナ工事について聞いてみると、私の住む付近は反射波を拾うような形式のものが良いということで、写真のようなアンテナを用いた工事を行うことになりました。

以前工事したときに付けたブースターも古くなっていることから、ブースター交換もお願いしましたが、全体の金額としては、大型量販店で見積もってもらった時のものと、ほぼ同じ内容になっていました。

大型量販店に頼んだとき、アンテナはUHF形式のものしかなく、この形式のアンテナの場合指向性が高いため、ビルの谷間にある我が家のような所は「映るかどうか保障できない」とのことでしたが、今日工事した業者にいわせると、反射波を拾う形式のアンテナだと、ビルの谷間でも映る場合も多いとのこと。

今日は朝からアンテナ取り付け場所を探すため、電波強度のチェックを行っていましたが、写真にあるように手軽な場所に取り付けることで、我が家も地デジ放送の受信が可能になりました。また、今回工事を担当した人が非常に親切だったせいもあるかも知れませんが、茶の間のクーラーが調子悪いということで、母親がその業者の人に、クーラーの買い替えも頼んでしまいました(支払い担当は私になりますが.....)。

今回アンテナ工事をした業者は、町の小さな電気店になります。その電気店は大型量販店が出来てからも頑張っていることから、「どうしてかな?」と疑問に思ったこともありましたが、今回の我が家に対する対応で、理解することができました。

母親は、「家電製品の買い替えはこれからあの電気店にしよう」とまでいっていますが、小規模電気店から大型量販店へという大きな流れも、現場担当者の対応一つで変わることがあるということを、今回の我が家のアンテナ工事で分かりました。

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矢田川沿いの長母寺

0908071 夕方少し時間が取れたことから、名古屋市東区矢田の長母寺(尾張三十三観音第二十八番札所)に行ってきました。矢田川沿いにあるということで、堤防道路を車で走って長母寺まで行きました。

近くまで着いたとき入り口らしき脇道があったので入っていくと、長母寺の駐車場に車を乗り入れることができました。脇道は車一台がやっと通れるくらいの幅でしたので、対向車がきたら大変だと思いながら進んでいきましたが、私が通った時間帯は正面から来る車はなく、無事駐車場に着くことができました。

長母寺に行こうと思ったのは、先日読んだ加藤秀俊さんの『メディアの発生』の最後のところに、『沙石集』をまとめた無住が生涯の大部分をおくった寺として紹介されていたのが、その理由となります。

0908072 タクシーで長母寺に向かった加藤さんは『メディアの発生』のなかで、当日は「雨の日で、境内はひっそりしていたがいいお寺だった」と記述しています。今日は立秋ということで暦の上では秋になりましたが、私が着いた夕方は曇り空とはいえまだ蒸し暑く、私以外誰もいない状態で、やはりひっそりとしていました。

山門の所に書かれていた説明によれば、「治承三年(1179)山田重忠が創建。その後荒廃していたが、弘長三年(1263)山田道園坊夫妻が母親のために再建し、長母寺となった。また、この時天台宗から臨済宗に宗派を改め、無住国師を開山とした」とのこと。「尾張万歳は、無住国師によって始められたといわれる」という記述もありました。

0908073 「……によって始められたといわれる」という記述を実際に調べてみると、「事実」と異なる場合が多いということを、以前、専門家の人から聞いたことがあります。この場合はどうか分かりませんが、こうした話が出てくる背景ともいえる内容に関する記述が『メディアの発生』にはありましたので、私自身、少し調べてみたいと思いました。

また、本日は少ししか時間が取れなかったため駆け足の見学でしたが、時間的な余裕のある時、ゆったりとした時間の流れのなかで、じっくりと見学したいと思いました。

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「住基ネット効果を調査」

5月21付け中日新聞朝刊に、標記のタイトルの記事が掲載されています。名古屋市の河村たかし市長が20日、住基ネットの接続で市民サービスがどれだけ向上したか、金額で示すよう担当課に指示。効果が低いと判断した場合は、アンケートを実施した上で「切断」も視野に入れるとの内容でした。

名古屋市の住基ネットの年間の維持費は一億三千万円で、「住基カード」の交付は二百二十五万人のうち六万枚にとどまるとのこと。自治体間の転出入の通知が不要等、効率化の側面はいろいろとアナウンスされていますが、実際の所、その効果がどのくらい上がっているのかということを、市民の私たちに納得の行く形で示されたことは、まだ一度もありません。

住基ネットは、河村さんも指摘するように、国民総背番号制につながるということで、私を含め、反対の立場の人が多いのも事実だと思いますが、まずは有用性を金額で示すことで、住基ネットに対する議論を深めようという河村さんの提案には、是非とも賛成したいと思います。

2月25日付け中日新聞には、住基ネットの年間運用コストが140億円から190億円で、効率化の効果は年間430億円相当(総務省発表)との数値も掲載されていましたが、その効果の算定方法には、ネット上の記事で、いくつかの疑問も提出されています。とはいえ、名古屋市の算定金額が分かることで、その数値の検証もある程度可能になってきます。名古屋市の今後の取り組みに、期待したいと思います。

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豊田利幸先生

豊田利幸先生死去のニュースが、5月16日付け中日新聞朝刊に掲載されています。豊田先生は、核兵器廃絶の立場から様々な活動をしてきた物理学者で、私が大学入学時には、教養部で講義を担当していました。

入学前から先生の著書を読んでいたせいもあり、教養部での指導を先生にお願いし、当時、原発の安全性を調べていた立場から、質問させて頂いたことがありました。

余り調べない状態で質問したときは、怒られてしまったこともありましたが、準備して質問したときには、私が知らない文献等をあげ、いろいろと教えて頂いた記憶があります。そんなやり取りの中で、研究者としての姿勢を、先生から多く学ことができました。

月日がたち、物理の世界からは遠ざかってしまいましたが、私自身、今では大学で出会ったときの先生の年齢を、越えた年になってしまいました。豊田先生のご冥福をお祈りしたいと思います。

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「出版大手、ブックオフ株3割取得」

5月13日付け中日新聞(インターネット版)に、「講談社などブックオフ株3割取得 販売網活用し不況克服へ」というタイトルの記事が掲載されていました。

その内容は、ブックオフの販売網を活用し出版不況の克服策を検討するため、大日本印刷と講談社、小学館、集英社の大手出版3社は13日、中古本販売のブックオフコーポレーションの株式約31%(議決権ベース)を取得すると発表した、というものになります。

「全国にチェーン店を展開し、中古本を大量に売りさばくブックオフは、インターネットによる販売も拡大。出版業界では、こうした商法は新刊書が売れなくなる一因になっているとの見方もあった」とのことで、中古市場が消費者に定着している現状では、書籍離れを防ぐ役割を持つ中古市場を、新刊書を発行する出版社も無視できなくなったのがその理由との分析も、他の新聞ではなされています。

私自身、毎月何冊かの新刊書を購入していますが、ブックオフでも中古本を、購入しています。その意味ではここ数年、私が読む本の多くに、ブックオフで購入したものも多く含まれていることから、ブックオフの存在を無視して読書を語ることができなくなっています。

ブックオフが県内に出店を始めた頃は、「えっ」と思うような本を105円で購入することができましたが、最近は、そうした体験をすることがほとんどなくなってきました。これは、ブックオフのなかの作業がシステム化されることで、ある程度、本の価値を正当に(?)評価するようになったことや、セドラーと言われる人の存在と無関係では無いのかもしれません。

とはいえ、小遣いの少ない私にとっては、ブックオフに通うメリット(?)が少なくなってきたことも、事実になります。

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「作家・元納棺師 青木新門」

4月24日付け中日新聞夕刊「あの人に迫る」に、青木新門さんのインタビューが掲載されています。映画「おくりびと」が米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。その原案となった『納棺夫日記』を著したのが青木さんで、「生と死が交差する納棺を通して伝えたかったメッセージとは何だったのか」として、記事の内容は始まります。

大学を中退し、「作家」として原稿を書いたりしていたが、子供が生まれたことから収入を増やすことが必要となり、アルバイトのつもりで富山で初めての冠婚葬祭会社に応募したのが納棺という仕事に就くきっかけ。富山では納棺は親族が行うのが普通で、きれいにやる家とそうでない家との違いに気づくことから、「こうやったらどうですか」と口出しをするようになったことから、納棺の依頼がくるようになった。

納棺を始めた頃は、死を扱う仕事であることから蔑まれていて、分家の叔父からは「親せきが町を歩けない。恥ずかしい」とののしられたこともあり、誰とも会わないで「人は死んだらどうなるののだろうか」と真剣に考えるようになった。その後、叔父が危篤との知らせを受け、亡くなる直前に会いに行ったところ「ありがとう」といわれたことから、考え方が変わった。

そしてそれからすぐ、一人暮らしの老人の遺体に出合い、「蛆が内臓を全部食べてうごめいて、肋骨が見え」るなか、「捕まるまいとして逃げる蛆の一匹一匹が光って鮮明に」見える体験する。そんな体験を「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」と日記に書いたこと。そして、その後の映画化のきっかけへと、内容は続いていきます。

記事の終わりには、「私が現場で見てきた死者はみんな柔和な顔をしていた。生と死が一つとなり、生者が百パーセント死を受け入れたとき、あらゆるものが差別なく輝いて見える一瞬がある」と青木さんは述べています。先日、私の父親が他界したことから、納棺の現場に立会う機会もありましたが、葬儀が「後の世を渡す橋」であるという青木さんの言葉には、共感できるものがありました。

また、「生まれてから死ぬまでの世界しか信じていないから、それにしがみつこうとする」ということで、現代社会の「閉塞感」に対する青木さんの問題提起も行われています。父親の葬儀が行われた翌日の記事だっただけに、青木さんのインタービューを読んで、「生と死」の意味について、改めて考えさせられました。

ちなみに、『納棺夫日記』は知り合いに薦められ、10年前くらいに読んだことがありました。書棚の奥にしまってありますが、簡単に取り出すことが出来ないことから、再度購入して、読み直してみたいと思います。

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「はなまつり」

090408 偶然通りかかった公園の「はなまつり」を見てきました。地元では有名な桜の名所とのことで、ちょうど昼食の時間帯だったせいもあり、ご馳走いっぱいの弁当を広げ、大勢の人たちが「お花見」をしていました。

私も公園内を一周しましたが、最高気温予想22度ということで、風もなく絶好の花見日和でした。とはいえ、公園の至る所に設置されていたスピーカーから絶えず音楽が流れていたことで、桜の花を「愛でる」気分を少し害されてしまいました。

日常生活のなかで、何か音が鳴っていないと気がすまないという人たちの声を聞くことが増えてきています。また、私自身、「公共空間」に流れる音楽に慣らされてしまっている自分に気づかされることが、今までも何度かありました。

何かを感じるというのは、一つの感覚だけでなく、複数の感覚が結びついた状態で私たちの前にやってきます。花を「愛でる」感覚も、見るという視覚だけでなく、公園を歩く行為とともに体験する臭覚や聴覚と密接に結びついて存在しています。その意味で、花を「愛でる」気持に聴覚も大きく関係しているのは不思議なことではありません。

今回、桜の名所の「はなまつり」の会場に流されていた音楽に気分を害したのは私だけかもしれませんが、桜の花を「愛でる」「お花見」にさえ、音楽を流さないと気がすまない有り様に、改めて気づかされた今日の「はなまつり」となりました。

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夜間外来

先日の夜11時すぎ、急に体調が悪くなったと奥さんが言い出したので、近所のA病院の夜間外来に行くことになりました。車で5分くらいの所にある病院ですが、数年前、新規に病棟を開設し、近所の人たちを招いて「内覧会」を開いたりして、地域に根ざした医療に力を入れる姿勢をアピールしていた病院になります。

私も「内覧会」には参加しましたが、1階から6階までの設備(ハード)の説明だけでなく、ソフト面についてもきめ細かな対応がなされる旨の説明を受け、「病院も随分変わってきたんだ」と思った印象がありました。職員の人たちだけでなく、看護師さんたちのテキパキとした対応も、印象に残りました。

私自身、普段、病院にかかることがないため、病院の置かれた現状については、新聞やテレビで報道されているレベルの知識しかありません。同じ市内ある市民病院では、看護師不足のため、一部病棟を閉鎖した話は新聞でも報道されていました。また、近所にあるもう一つのB病院は、規模拡大のため、少し離れた所に移転が決まってしまいました。医師不足問題も含め、ここ数年、病院の在り方に大きな変化が起きていることは知ってはいましたが、今回の対応で、改めて変化の一端を知ることができました。

というのも約20年前、子どもがまだ3才くらいの頃だったと思います。夜11時すぎの急な発熱のため、子どもを連れて夫婦でA病院の夜間外来に行きました。その時、私たち以外には外来に来ている人はいませんでしたが、看護師さんの不誠実な態度と、対応した医師の「よくわからないから、近くのB病院に行ってくれませんか」という発言に呆れ、急いでB病院に子どもを連れていった経験があるからです。それ以来、A病院にはかからないことを家族で決めていた経緯もありました。

ところが、数年前から「A病院の対応は非常によくなった」という評判を、近所の人たちから聞くようになりました。そして今回の夜間外来では、私たち以外にも子ども連れの家族を含め、10数人の人たちが来ていましたが、職員や看護師さんたちが明るい笑顔で対応していたことに、改めて病院の変化を感じることができました。夜間外来の受付近くには、「私たちの理念」として、「患者さん第一主義」を旨とした「理念」も掲げられていて、20年前との違いも「理念」のなかに読み取ることができました。

ただ、こうした「理念」に従う形で変化しつつある病院の姿勢は評価できるものもありますが、友人の医師からも時々聞かされるように、病院勤務の医師・看護師さんたち労働条件は厳しい状態が続いていて、なかなか改善されない現状もあります。その中での「患者さん第一主義」を掲げる難しさも、少し考えされられた今回の夜間外来でした。

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姪の結婚式

今日は兄の娘(姪)さんの結婚式と披露宴で、横浜に行ってきました。大変雰囲気のある場所での、式と披露宴でした。

結婚式と披露宴へは、久しぶりの出席でしたが、若い二人の気持ちのこもった内容で、少し感動してしまいました。私にも大学生の娘がいることから、花嫁の親としての兄に、何年後かの自分の姿を重ねたのが、その理由かもしれません。

とはいえ、久しぶりの礼服着用で、腰のあたりが少しきつくなったことを発見し、「これはいけない。ダイエットしなくては!!」と考えた、帰りの新幹線の車中でした。

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「住基ネット問題多く」

2月中旬、住基ネット不参加の国立市に、総務相が是正要求するよう東京都知事に指示した旨の報道がありましたが、2月25日付け中日新聞朝刊には標記タイトルで、住基ネットの問題点が指摘されています。

記事によれば、全国をネットワーク化したことが住基ネットの「売り」だったが、実は自治体間の互換性に問題があるということで、外字登録した異体字を含む人名は、自治体間で互換性がある訳でなく、「外字は空白で表示され、住民票を居住地外で取ろうとしても申請がはじかれる仕様になっている」とのこと。

自治体関係者からは、「人名を正しく登録するのは住民サービスの基本中の基本。普段は問題なさそうだが、何かの拍子に出てくる隠れたバク(欠陥)だ。巨額の資金を投入した全国ネットなのだから、これくらい国が整備して当然」との批判が出ていることが書かれています。また、住基カードも二種類存在し、その読み取り装置も自治体間で混在。ある自治体のカードが、別の自治体では読み取れない場合があることも指摘されています。

住基ネットには導入コストとして390億円、運用コストが年間140億円から190億円がかかっているといわれています。オンライン化による効率化で年間430億円相当の効果が上がっているとの総務省のデータも書かれていますが、確定申告の電子申請でも、電子証明書が格納されたICカードを利用する場合、別途ICカードリーダーが必要となります。

「住基ネットを支える機材の交換に一千万円かかった。IT企業をもうけさせるためなのか」という自治体関係者の「ため息」も書かれていましたが、総務省からの関係団体への「天下り」の実態を考えると、誰のためのシステムなのかということを、改めて考えさせられました。

住基ネットに関しては、個人情報保護に対する問題から国立市を含め、未だ不参加の自治体がいくつかありますが、記事の最後にもあるように「やるべき公共事業、ほかにある」ということで、システム自体の見直しについて考える時期に来たことを、問題提起した内容になっています。

ちなみに、私の名前には外字が一文字入っていることから、記事によれば、他府県では住民票が取れないことになってしまいます。今まで他府県で住民票を取ったことはありませんが......。

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実家のネット接続元年

遅ればせながら私の実家も、18日(日曜)、NTT西日本の光の工事を行いました。13時からの予定ということで、私も立ち会いましたが、工事は1時間半くらいで終了。あとのパソコンの設定は私が担当しましたが、これも30分以内に完了ということで、16時頃からは、ネット接続が可能となりました。

関東地域在住の兄から送付されていたメールに添付された写真をパソコンに保存し、母親と一緒に見たりしましたが、その写真からいろいろな話題へと話が展開していきました。また動画サイトで、母親の好きな歌手の動画を検索して見ることができることを実演すると、とても楽しそうに見ていました。

実家の光の工事は2009年1月ということで、少し(?)遅れたネット接続となりました。とはいえ、いろいろと験しながら、少しずつ慣れていってほしいと思うことから、実家のネット接続元年を、これからもしっかりと見守りたいと思います。

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アニマルセラピー

アニマルセラピーという言葉が、いろいろな所で聞かれるようになってきています。ペットを家族の一員として飼うことで、心の癒しを得ることが出来るというものです。

私の家でも、二人の子どもが生まれる前から家の中で犬を飼っています。常にニ・三匹の犬が、家の中を走り回っている状態です。子どもが小さい頃は、夜寝る時、どちらがどの犬と寝るかで、喧嘩をしたりもしていました。本人たちに言わせると、ストレスがたまった時、犬を抱っこしたり頭をなでたりしていると、自然と気持ちが落ち着いてくるとのことで、大学生になった今でも家に帰ってくると、夜は必ず犬と一緒に寝ています。

長年犬を飼っていると当たり前のことですが、老衰等で犬の死に直面することになります。餌を食べなくなり水も飲まなくなったりして、あと数日の寿命かなという時には、面倒も大変になったりします。そして、朝起きて犬を見ると、息が絶えているのを発見することもありました。覚悟はしていましたが、目を真っ赤にはらしながら、犬の体をさすっている子どもたちを見ると、命の大切さを、こうした生活のなかで学んでいくのかな、と思いました。

また、散歩で犬と外を歩いていると、知らない人からも声をかけられて、犬の話題で話が盛り上がってしまうことが良くありました。近所の公園に犬を連れて行くと、小さな子どもたちが寄ってきたりすることもありました。

ただ、最近は知らない人や公園で遊ぶ子どもたちと話をすることが、いろいろな事件のせいもあり、なかなか出来ない状態になってきています。とはいえ、今でも犬を介したした会話が、京都にいる子どもたちとの電話のやり取りを含め、家族の中で出来ているのは、私の家族にとって、犬たちが心の癒しとなっている証拠かも知れません。

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今年最初の忘年会

081204_3 本日(12月4日)の夕方、久しぶりに名古屋市の栄に行くことになりました。
私が関係する会の忘年会が、栄のお店で行われてたことが、その理由になります。

忘年会の時間までに少し時間がありましたので、オアシス21の「水の宇宙船」に行ってきました。写真はそこから撮ったテレビ塔になります。

忘年会が始まる前、「水の宇宙船」を一人で歩いたのですが、ほとんど人がいなかったのは寂しい気がしました。平日とはいえ、都会の真ん中であることを考えると、もう少し人がいてもいいような気もします。

私の職場も厳しい状況になっていますが、忘年会のなかでも、あまり景気の良い話は出てきませんでした。栄の繁華街をいろいろ歩いてみて、景気後退の厳しさを実感できる忘年会となりました。

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うだつの上がる町並み

081023_2 23日(木曜日)は、「和紙とうだつのまち」美濃市に行ってきました。仕事の打合せのために行ったのですが、早めに出かけて打合せ前の1時間、「うだつの上がる町並み」を見て回りました。

今回初めての町並み見学になりましたが、平日で少し雨模様のため観光客もほとんどなく、公共の駐車場に車を止めることもできました。1時間で十分回れる広さの町並みでしたが、美濃和紙で作った「あかり」の展示とともに、「うだつ」の一つひとつを、しっかりと写真に収めることができました。

午後からの打合せで話す内容を考えながらの町並み見学となりましたが、「町並み」についての印象を語るところから始めた打ち合わせが、相手の担当者に好評だったのが「町並み」見学の効果といえるのかもしれません。そして私にとっては、久しぶりの「息抜き」にもなりました。

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「仕事より家族」世代問わず8割

10月5日(日)付け中日新聞に、日本世論調査会が実施した「家族」に関する世論調査の結果が公表されています。その内容は、「仕事より家族の幸せを優先」「どちらかといえば……」を合わせた回答が81%に達するなど、世代を問わず強い家族志向が浮き彫りになったというものです。

また、「人間が生きていく上で家族は必要」「どちらかといえば必要」との回答が99%を占め、家族の役割として「愛し合い、精神的に支え合うこと」と考える人が59%と最も多く、「子どもを育てる」が50%で続いたことも指摘されています。

さらに家族の範囲については、「一緒に暮らす未婚の男女」も48%が家族と考え、「老人ホームなどで暮らす人同士」も33%が家族と回答。ペットを家族とみる人も65%いたとの記述もありました。

小犬二匹が「家族」同様の生活している私の家も、ペットを家族とみる65%に入ってくると思いますが、「家族の幸せ優先」という結果だけでなく、「家族」の範囲に対する調査も行った結果の公表は、要約レベルの内容でしたが、「家族」のあり方を考える上で参考になる内容でした。

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サービスエリアが圏外?

081004 京都にいる子供の所に荷物を運ぶため、今日は朝から奥さんと車で出かけました。新名神ができるまでは、一宮インターから名神高速を利用していましたが、新名神が開通してからは、近くのインターを利用することで、40キロくらい距離が短縮されました。

朝家を出て10時頃、休憩のため土山サービスエリアに入りました。サービスエリアの駐車場はほぼ満杯状態で、多くの人たちが買い物をしたり休息を取ったりしていて、売店の中も混雑していました。私たちも空いた席に座ってコーヒーを飲みながら、少しゆっくりすることができました。そしてその時、子供と連絡を取るために携帯電話を取り出しました。ところが表示画面を見て吃驚。圏外となっていて、電話が利用できない状態になっていました。

新名神という物流の新たなネットワークの開通により、私たちが子供のところに行くための利便性はずいぶん向上しましたが、携帯電話という情報のネットワークが、物流のネットワークと同期した形で構築されていないことに、今回初めて気づかされました。いろいろな場所に移動して験してみることをしなかったため、たまたま私たちが座った場所が悪かったせいかも知れませんが.....。

開通して7ヶ月以上たちますが、新名神では携帯電話のネットワークの整備は、まだこれからの状態なのでしょうか? 次回土山サービスエリアに寄ったときには、場所を移動したりして、少し詳しく調べてみようと思いました。

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京都メディフェス

第6回市民メディア全国交流集会(京都メディフェス)に参加してきました。京都市内の元立誠小学校を会場に、9月13日(土)14日(日)と二日間、「つかう・えらぶ・つくる~十人十メディア時代~」というテーマで、各種分科会が開催されました。

私自身は仕事の関係もあり、14日(日)のみの参加となりました。朝10時間から16時30分まで、三種類の分科会に参加して、いろいろと話を聞くことができましたが、メディアの現場で様々な問題に直面している人たちから直接話しを聞くことができたのが、大変役に立ちました。質疑応答の時間では、発表者の人たちと率直な意見交換ができたのも、私にとって、大きな収穫となりました。

会場では多くの人たちが、ボランティアとして運営のために動き回っていました。また、参加者の人たちは全国から集まっていたようで、「全国交流会」の交流の拡がりを感じることもできました。来年は第7回の全国交流集会が東京で開かれるとのことですが、こうした市民参加の交流会が、これからも継続して開かれることを期待して、私自身、来年も是非参加したいと思いました。

今回は一日のみの参加となりましたが、大変有意義な時間を過ごすことのできた私としては、交流会で運営に当たられた関係者の皆様に、「ご苦労様でした」と改めてお礼を言いたい気持ちになりました。

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合格祈願

080731_4 先日の出張先での昼休み、湯島天神で絵馬に書かれた合格祈願をいくつか読むことができました。今日は仕事の移動途中で立ち寄った上野天満宮(名古屋市千種区)で、絵馬の合格祈願をいくつか読むことができました。

今日は少し曇り空で日差しは強くありませんでしたが、駐車場には工事関係の車が止まっているだけでした。合格祈願の内容を読んでいると、中学受験や各種資格試験、就職試験の合格祈願が目につきました。湯島天神では大学の合格祈願の比率が多かったような気がしましたが、上野天満宮の場合、就職関係の合格祈願が目立ちました。

京都の大学に進学したの長男は、来年4年ということで、年末あたりから就活が本格化します。そのせいか、そろそろ本人も自身の将来について真剣に考え始めたようです。大学に入り家を離れ自活を始めたせいか、たまに休みに帰って来て話しをするときには、随分しっかりしてきたなと感じることも増えてきました。

来年の今頃の長男の就活状況がどうなっているかは分かりませんが、絵馬に書かれたいくつかの就職の合格祈願を読みながら、子どもの成長の早さを感じるとともに、子どもが親離れしていくことに対する寂しさを少し感じた、7月最後の1日でした。

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出張先の昼休み

080728 28日(月)は、御茶ノ水駅近くで打合せがありました。そのために久しぶりの出張でした。昼食の時間少し時間がありましたので、湯島天神まで歩いて散策に行きました。私にとっては初めての湯島天神でした。昼間の日差しの強い時間帯だったせいか、余り人を見かけることはありませんでしたが、絵馬掛けには合格祈願の絵馬が、数多く掛けられていました。

絵馬には大学の合格祈願はもちろんのこと、高校や各種資格試験、就職試験の合格祈願も書かれていて、隙間無く絵馬掛けに掛けられていました。そんな絵馬に書かれた受験生の想いを読んでいくなかで、私自身が受験生だった頃の記憶が昨日のように思い出され、午前中の面倒な打合せの時とは異なる時間の流れのなかに、短い時間とはいえ浸ることで、疲れた心を少し癒すことができました。

打合せは午後も続きましたが、場所を変えることが気分を変え、癒しの体験を可能にすることを、改めて感じることができた昼の休みでした。

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語学研修

4週間の語学研修でロサンゼルスに行っていた娘が、帰ってきました。中部国際空港まで迎えに行ったのですが、到着出口から元気な姿で出てきたときには、ホットして思わず娘の名前を呼んでしまいました。

昨年4月大学に入学して初めての春休みになりますが、会話力を磨くためアメリカに行きたいとの本人の希望から、大学出入りの業者の所へ行き、自分で研修プログラムを探してきました。この時期こうした研修に参加する日本人学生は多いとのことでしたが、同じ地域からの参加は、彼女を含め数人だけでした。ただ東京方面からの参加者が多く、語学研修のクラスの半分近くは、日本人学生とのことでした。

出発当日は、京都にいる兄も帰ってきていましたので、空港まで家族全員で見送りに行きました。娘自身あまり緊張した雰囲気はありませんでしたが、兄の方は冗談を言ったりして、いろいろと娘に気を使っているようでした。小さい頃はよく喧嘩もしていましたが、大学に入り一人暮らしで少しは苦労(?)するようになり、兄の方は、この所随分成長してきた様な気もしています。

見送りも終わり帰宅した翌朝早く、突然母親の携帯電話に、娘から電話がかかってきました。内容は、空港で出迎え担当の現地スタッフと会えないでいるとのこと。現地スタッフがホームステイ先への案内を含めた諸手続きをしてくれる予定になっていることから、どうしたらいいのかというものでした。電話の声からも少しパニックになっている様子が伺えました。どうしたものかと母親と少し相談しましたが、直接助けに行く訳にもいかないことから、2・3の対応策を提示して、気を落ち着かせてから実行するようにと、電話で助言しました。

30分くらいしてからこちらから電話すると、現地スタッフとはまだ会えてはいないようでしたが、こちらから提示した対応策を実行することで、なんとか無事(?)解決に向かいつつあるとのこと。少し前までは、時々涙声の混じっていた娘の声も、普段の元気な口調に戻ってきているようで、こちらもホット胸を撫で下ろしました。その後は手続き等も順調に進み、ホームステイ先に無事着くことができたとのことで、再度連絡が入った時は、絶好調(?)のようでした。

到着初日に大きな問題が発生しましたが、そうした問題に一人で対処できたことが、娘にとっては大きな自信になったようです。その後の研修では、現地の人たちや日本以外の国から参加している人たちとも積極的に話をすることで、新しい友人も多くできたようでした。ホームステイ先の食事には少し問題があったとのことでしたが、それ以外は見るもの全てが新鮮で、楽しく過ごすことができたと、帰りの車のなかで語っていました。

初日のトラブルは別として、新しい世界に飛び込んでいろいろなことに積極的にチャレンジする姿を見て、私自身まだまだ負けてはいられないと思った、娘の初めての語学研修でした。

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突然の電話

20年以上前、一緒に仕事をしたAさんから突然電話がかかってきました。Bさんが「2回目の定年」ということで、久しぶりに集まってお酒でも飲みませんか、というものでした。AさんBさんは同じ会社の人ですが、私自身は会社も違い、現在は仕事の上では二人と全く関係がない状態です。ただ、二人との年賀状のやり取りだけは、続いていました。

AさんBさんと知り合ったきっかけは、Aさんの会社で、あるシステムを開発するプロジェクトが立ち上がりました。数10名を集めたプロジェクトでした。そこに私が参加したのが、彼らと知り合ったきっかけになります。当時私は30代前半でしたが、複数の会社から集まった人たちのプロジェクトの中で、年下のメンバーや年上の人たちに挟まれ、調整役を果たすこともありました。その事で、随分苦労(?)した記憶もありますが.....。

若い人たちが作ったソフトを、結合前にチェックすることも行っていましたが、仕様書通りにしっかりと作ったソフトもあれば、コーディング規則すら守らないようなソフトもあり、自分自身のソフト作り以外の所で、苦労させられたこともありました。今ではいい思い出となっています。

Aさんはそのプロジェクトの責任者で、Bさんはその上司にあたる人でした。Bさんからはどういう訳か、プロジェクト参加初日から声をかけてもらい、その後もいろいろと話す機会がありました。約2年のプロジェクトが完了し、お互い別れることになった時にも、私に対していろいろと温かい言葉をかけてくれました。そして、その時かけてもらった言葉の中に、その後の心の支えになったものもありました。

Aさんからの電話によれば、当時のプロジェクト関係者全てに連絡しているとのことで、30数名は集まる予定。私にも是非参加するようにとの内容でした。指定された日は、既に別件が入っていましたが、Aさんからの電話であることと、久しぶりにBさんに会えるということで、別件についてはまだ調整可能なため、出席の返事をして電話を切りました。

電話の最中、仕事の関係だったと割り切り、参加を断ることを少し考えたりもしましたが、AさんBさんを含む当時のプロジェクトのメンバーには、仕事以外の面でもいろいろと教えられ、また、助けられたこともありました。そんな想いが頭を掠めるうちに、断ることができなくなってしまいました。20年以上もたっての集まりですが、同窓会気分で参加したいと思っています。

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「じっくりと向き合う時間」について

先日、あるソフト開発者の話を聞く機会がありました。そのソフトは、一部の人たちの間では高い評価を受けていますが、まだ多くの人たちが知る段階には達していません。ただ最近は、開発者の人たち(二人)が各地でワークショップを行い、ソフトを実際に体験してもらうことで、そのソフトに対する認知は高まりをみせています。そして今回、私が開発者の話を聞くことができたのは、4月から開発拠点を東京に移すということで、関係者を集めて行われた小さな会合に、参加することができたからです。

その会合では、開発者から開発の経緯と、ワークショップでの活動状況についての説明がありました。また実際に私たちの前で、ソフトのデモも行ってくれました。当然ながらパソコンを使った操作になりますが、パソコンを使っていることを意識させることがなく、全く知識のない人でも簡単に操作可能なシステムになっていました。ワークショップでは、3歳くらいの子供でも楽しくソフトを使いこなしていたとのことで、確かに先入観のない子供の方が、楽しめる内容になっているのかな、という気もしました。

会合の終わりの方で、拠点を東京に移す理由についての話もありました。名古屋にいると時間の流れがゆったりとしているのと、彼らに関心を持ってくれる人が少なかったこと。そしてそのことが、じっくりと開発に取り組むことを可能にし、ソフトの完成度を高めることができたとのことでした。とはいえ、スポンサー探しには苦労しているとのことで、「石橋を叩いても渡らない」名古屋人気質について、考えさせられる内容もありました。

会合の後の2次会では、お酒が入ったせいもあり、ざっくばらんな話を聞くことができました。彼らの個人的な考えもいろいろと聞くことができましたが、飾り気のない人柄を感じさせる内容で、彼らに対するすがすがしい印象とともに、家路につくことができました。そして、家路への電車のなかで彼らの話を思い出していると、突然、最近読んだ河瀬直美さんの文章が、頭のなかに蘇ってきました。

「数年間都市での生活を続けてはみたが、先へ先へと進み続けることに疲れ果ててしまった。そのとき何かにじっくりと向き合う時間を失い、からまわりしている自分がいたのだ。ふと地元に戻ってみたとき、なんだか説明のできない安心感に包まれた」という内容ですが、開発者にとっては、「何かにじっくりと向き合う時間」が持てたのが「地元」名古屋で、名古屋での私を含む人間関係だったような気もします。

4月からは「先へ先へと」進み続ける都市で新たな生活を迎える彼らですが、「じっくりと向き合う時間」を持てた名古屋についての話は、名古屋で仕事を続けている私にとって、考えさせられる内容でした。

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