映画・テレビ

『星の王子さま』

2007年2月17日(土)NHK「ETV特集」で放映された番組で、録画しておいた『"星の王子さま"と私』を、ようやく観ることができました。

番組によれば、放映当時は多くの訳書が出版され、『星の王子さま』を読むことが一種のブームになっていたようですが、私も岩波書店発行のものは読んでいて、いくつか気に入ったフレーズには、線が引いてあります。また、日本初の『星の王子さま』の翻訳は1953年で、放映時点までの売り上げ部数は700万部を超えているとのこと。著作権が切れてからは、新たに17冊の翻訳が登場したとのことで、日本ではこれだけ根強い人気があるとの解説もありました。

歌舞伎役者の中村吉右衛門さんや作家の柳田邦男さんのインタビューもありましたが、柳田さんの、『星の王子さま』は人それぞれに、その置かれた状況でいろいろな読み方を可能にするだけでなく、言葉として美しく輝いていることが、今の時代に応えているという趣旨の発言は、私自身、共感できました。

人と人との絆を求めたサン=テグジュペリが、『星の王子さま』のなかで使用しているフランス語の「アプリボワゼ(apprivoiser)」の意味についての議論もなされていましたが、興味深い内容になっていました。「アプリボワゼ」は、辞書的な意味としては「手なずける」「飼い馴らす」などの日本語訳があてられています。しかし、サン=テグジュペリが「アプリボワゼ」に込めた独特な意味と、その訳に対しいろいろと頭を悩ましたことについて、三人の翻訳者の話を直接聞くことができたのは、大変参考になりました。

定型的なビジネス文書は別として、翻訳という作業では、作者の意図を読み込んだ形で単語の訳を考えることは、よくある作業だと思います。最近は翻訳ソフトもいろいろ出ていますが、作者が置かれた時代的・思想的な背景を考えていくと、一つの単語の訳でも、翻訳ソフトにあるような機械的な訳では意味が伝わらない場合がよくあります。その意味で、「アプリボワゼ」の日本語訳に対する議論のなかで、三人の翻訳者が語る彼らの問題意識は、とても興味深く聞くことができました。

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目にみえないんだよ」という言葉に惹かれて何度も読み直した『星の王子さま』ですが、サン=テグジュペリの妻コンスエロの話もあり、遅ればせながら、いろいろな発見のある番組だと思いました。

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NHKスペシャル「原発解体 ~世界の現場は警告する~」

昨日(10月11日)、標記タイトルの番組が21時からNHK総合で放映されました。「トイレのないマンション」と呼ばれる原子力発電(原発)の、解体作業のなかで浮かび上がった問題を取り上げた番組でした。

番組は、解体技術が未だ確立していない現状や、解体後の放射性廃棄物の貯蔵と最終処分に関する問題を提起した内容でした。日本で解体の始まった「ふげん」と「東海発電所」の取材とともに、ドイツとイギリスへの海外取材をもとにした報告も行われていて、「原発解体」に伴う諸問題を、具体的に明らかにした内容になっていました。

原発は、建設当時から解体を考慮した設計になっていなかったことや、放射線廃棄物の処理問題は、将来の技術開発に期待するとの見切り発車の形で、その建設と稼動が行われてきました。しかし、多くの原発が廃炉を迎え、解体問題がドイツやイギリスで表面化するに従い、日本のマスメディアでも、ようやくこの問題が取り上げられるようになりました。

海外取材では、現在まで45基の原発が建設されたイギリスで、閉鎖となった25基の解体作業に必要な金額が約11兆円とのデータが示されていましたが、これらの金額は税金から投入との説明が行われていました。ドイツでは、放射性廃棄物の最終処分問題が取り上げられていて、安定と思われていた地層がそうではなかったということで、急浮上した最終処分場問題の現状報告がなされていました。

70年代前半に大学へ入学した時、原発問題に関心を持っていたことから、いろいろな資料にあたったことがありましたが、最終処分の問題は、当時でも指摘する人たちの文献を何篇か読んだ記憶があります。番組のなかでは、「将来起こりうる解体を考慮した設計になっていない」との発言がいくつかありましたが、「将来の技術開発に期待する」といった無責任な姿勢で原発の建設と稼動が行われてきた現状への反省が、関係者の人たちに見られなかったのは問題だと思いました。

番組後半では、温暖化対策としての原発建設が、日本を含め海外で増加する傾向にあるとの指摘もなされていましたが、こうした現状にある今こそ、原発に潜む問題を特集番組として、継続的に報道してほしいと思いました。電力会社から多額の広告費をもらっている民放では作れない内容のような気もしますが、NHKには、こうした報道をこれからも続けてほしいと思います。

ちなみに、22時からNHK教育で放映されたETV特集「死刑囚・永山則夫 -獄中28年間の対話」も、真剣に見てしまいました。

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ETV特集「吉本隆明語る -沈黙から芸術まで-」

「自分がしてきた仕事が全部ひとつにつながるんだということを話しをしてみたい」という吉本さんの想いを、親交のある糸井重里さんが知ることで開催に協力し、実現した講演内容を中心として、今回のETV特集は構成されていました。

私が吉本さんの本を読むようになったのは、兄が持っていた何冊か読むよう薦められたのがきっかけとなります。そのなかで、今回の番組と関係する『言語にとって美とは何か』を初めて読んだときは、まだ大学に入る前だったせいもありますが、受験する学部を変更しようかと思ったくらい、衝撃(?)を受けた憶えがありました(内容をしっかりと理解していたかどうかは別として)。

受験する学部を変えようと考えたのは、その後、時枝誠記さんの『国語学原論』や、三浦つとむさんの『日本語とはどういう言語か』を含む何冊かの本を購入して読むようになったこととも関係しています。とはいえ、吉本さんが大学では化学を専攻していたことを知ったせいもありますが、結局は、もともと志望していた理学部に進学するようになりました。ただ、その後も吉本さんの本は、継続して読み続けていましたが....。

番組では『言語にとって美とは何か』と関係する部分が、講演内容として放映されていました。「自己表出」と「指示表出」という用語を使って、芸術の価値についての話まで講演は進んで行きましたが、健康を心配した糸井さんとのやりとりで講演終了というかたちに番組は作られていました。そして、観客のほとんどの人たちが立って拍手をしている姿も放映されていましたが、83歳という高齢とはいえ、吉本さんが講演で語る姿に、物事に取り組む<ひたむきさ>と<情熱>を感じることができ、少し目頭が熱くなってきてしまいました。

私が吉本さんの話しを直接聞いたのは、名古屋の今池で行われた講演だった思いますが、<世界視線>というキーワードを中心に『ハイ・イメージ論』に関係した内容を、今回の放映と同じような語り口で話していたのを、昨日のように憶えています。私の考え方の基本的な部分のいくつかは、吉本さんの本から学んだ内容も沢山ありますが、今回の番組では、いくつになって無くしてはいけない<ひたむきさ>と<情熱>の大切さについて、改めて学ぶことができました。吉本さんには、まだまだお元気で活躍を期待したいと思います。

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『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

製作・監督若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』
ロングラン中のシネマスコーレで、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』を見てきました。休憩なしの上映でしたが、圧倒的な迫力ある映像に、ただただ惹き込まれて見入るばかりの3時間10分でした。

1972年2月28日の「あさま山荘」事件は、テレビに釘付けとなって中継を見た覚えがあります。今回の映画では「あさま山荘」事件を、「山荘」内部から捉えた映像のみで構成していることからも分かるように、連合赤軍に関わる人たちの「あさま山荘」への道程を、一貫して「内部」の視点から捉えていたことが、大きな特徴でした。

当時はやり言葉ともなった「総括」により、多くの「同士」たちを無念の死へと至らしめた道程とその先にある「あさま山荘」事件を、「実録」として記録した映画であることから、関係者のほとんどは実名となっています。関係者にこの地方出身の人たちが何人かいて、友人たちと事件についていろいろと議論したことから、映像が進むうちに、当時のことが昨日のことのように想い出されてきました。

外部との関係が絶たれ、言葉だけの論理が先鋭化するなかで、物理的にも閉ざされた世界に追い込まれた人びとの作り出す関係の構造について、「あさま山荘」事件は、当時の私に、考えるきっかけを与えてくれました。そして、映画のなかの最後の場面で少年の発した叫びを聴いたとき、36年前の事件が提起した問いを、私自身の中で改めて確認することができ、思わず目頭が熱くなってしまいました。

ちなみにこの作品は、東京国際映画祭<日本映画・ある視点>作品賞、第58回ベルリン国際映画祭最優秀アジア映画賞、国際芸術映画評論連盟賞を受賞しています。

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視聴率の変化で考えたこと

角川グループパブリッシング発行『GALAC』2008年3月号掲載「視聴率リテラシー(藤平芳紀さん執筆)」のなかで、「10年で、視聴率はどう変わった?」というタイトルのもと、1997年と2007年の視聴率に対する比較と分析がさなれています。

07年のテレビにとっての重大事を「HUT(総世帯視聴率)」の低下と指摘し、テレビは、それ自体が「到達メディア」であることからこそ存在意義が高いとして、07年の「捏造」や「紛糾」等、視聴者軽視の風潮が厳しい「しっぺ返し」として送り手側に返ってきたのが低下の理由と、藤平さんは述べています。

1997年と2007年の「高視聴率10番組」比較をもとにした番組毎の分析もあり、その後の部分で、視聴率30%超が97年12本だったのが、07年には「紅白」を除くと3本しかないとのことで、それは「HUT」が低下したことであり、テレビの到達力に「翳り」が見えたことになると、興味深い指摘をしています。

とはいえ、NHK放送文化研究所編集『放送研究と調査』2007年9月号のテレビ視聴時間推移のデータによれば、1997年の3時間34分から2007年の3時間38分と、視聴時間自体は、この10年で大きな変化はありません。ただ、10代から30代までの若年層では、視聴時間がここ10年の間で大きく減少しているとのデータも提出されています。

また、『放送研究と調査』2008年1月号では、20代のテレビ視聴に対する意識調査の結果が公表されています。その中で、「テレビを見ていると自然にいろいろなことが分かる」「外の世界とつながっている感じがする」「自分の考えが、世の中の考えと同じだと感じる」で、20代の数値が全体よりも低くなっています(差が統計的に有意との指摘あり)。そして、20代の接触メディアとしてインターネットを評価していることが、他の世代との違いとの指摘もありました。

確かに私の周りでも、20代の人たちと話していて「あれ?」と思うくらい、テレビの話題が通じないことがあります。ケータイやインターネット以外にも接触するメディアが多様化することで、テレビに対する意識も私の世代と随分違うことを、彼らとの会話のなかで感じることも増えてきています。

テレビ視聴時間推移という大枠では変化のない状態とはいえ、番組視聴率低下という形で「到達メディア」としての到達力の「翳り」が指摘されているテレビですが、この機会にいろいろなデータを見たり20代の人たちと話をすることで、20代・30代といった若年層にテレビ離れが進行していることを、私自身、実感することができました。

到達世帯数が少なくなることで対費用効果が損なわれることは、テレビにとって「生き死に」の問題との、藤平さんの指摘もありますが、インターネットの広告費がラジオの広告費を超え、雑誌に迫る勢いのなか、藤平さんの記事により、今後のテレビの在り方を考えるきっかけを持つことができました。

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